成層圏オゾンの鉛直微細構造の時空間分布と起源


イントロダクション
 大気の輸送混合過程は、大気科学において重要な課題の一つでありその理解のための研究が精力的に行われている。トレーサーを利用した研究が数多く行われているが、なかでもオゾンの微細構造に着目した研究は古くから行われてきた。

 近年、計算機の発達と衛星観測の充実により客観解析データを援用した等温位面解析が盛んに行われるようになった。オゾン変動の起源を推定するに当たって、ある地点で観測された空気隗の起源となる緯度の推定や、南北移流による変動生成の再現が可能になった。

 しかし、気象データをもとに再現が可能なのは、空間・時間スケールが比較的大きな構造である。定常観測においてより頻繁に観測されている小規模な変動(λz〜1km)の起源は、現在もよくわかっていない。

 本研究は、オゾンゾンデで観測されたオゾンや気温の鉛直微細構造を手がかりに、客観解析データでは捉えきれない小さなスケール(λz<2km)の擾乱の起源や時空間分布を解明することを最終的な目標とする。

 成層圏オゾンの鉛直微細構造の生成機構は、水平移流と鉛直移流に分けられる。水平・鉛直移流の区別は、温位とオゾン混合比の相関を調べることにより可能である。温位の変動は空気隗の断熱的な鉛直変位によると仮定すると、相関が高い場合にはオゾン変動は大気の鉛直移流に起因するとみなせる。従って、相関を調べることにより、観測されたオゾン変動に鉛直移流がどの程度寄与しているか推測できる。オゾンと温位の相関係数の全世界的な分布及び季節変化の大規模な調査は、これまでに例が無い。


データ
 WOUDCから配布されている世界各地の気象官庁等の下部成層圏オゾンゾンデ観測データから24観測所のデータを選び、1万本以上のオゾンプロファイルを解析に使用した。下部成層圏に加えて、本研究では上部成層圏オゾンについても調査を行った。上部成層圏ではオゾンの定常観測は行われていないので、東北大学が岩手県で毎年行っている光学式オゾンゾンデによる観測データを用いた。


下部成層圏におけるオゾンの鉛直微細構造
 下部成層圏におけるオゾンと温位の相関係数の季節変化を緯度ごとに調べた(図1)。相関係数には明確な緯度および季節への依存性があることがわかる。低緯度ほど相関は良い。高緯度では、対流圏界面付近で相関が若干良くなっている。中緯度では顕著な季節変化が見られ、夏から秋にかけて相関が良い。

 この中緯度の季節変化の原因を明らかにするために、鉛直移流を引き起こしていると思われる大気重力波の活動度を調べた。その結果、中緯度ではむしろ冬の方が大気重力波の活動は活発であることが分かった。この傾向は過去の大気重力波の研究とも矛盾しない。従って、中緯度における季節変化は鉛直移流を引き起こす過程が夏から秋にかけて強くなっているのではなく、鉛直移流を上回る大きさの水平移流起源のオゾン変動が冬から春にかけて存在するためと考えられる。このような傾向は本研究で初めて明らかになったものである。

 上記の水平移流が可逆的(波による振動)か不可逆的(混合)かまでは不明である。しかし、鉛直移流に関しては、対流不安定やシアー不安定による大気重力波の砕波が混合に寄与している例を示すことが可能である。オゾン、気温、風速のいくつかの高度分布を調べたところ、大気重力波の砕波でオゾンの鉛直混合が生じていると考えられる領域が複数見つかった。そこで、このような不安定現象が生じる割合をリチャードソン数を指標として全観測データについて調べたところ、かなりの割合(10-20%程度)で発生していることが明らかになった。


上部成層圏におけるオゾンの鉛直微細構造
 東北大学による三陸上空上部成層圏のオゾン観測では、図2のような波状構造が頻繁に観測されている。本研究では、まず鉛直移流の寄与を調べるため、下部成層圏の解析と同様にオゾンと温位の相関を調べた。その結果、鉛直移流のみで説明するのは困難であることがわかった。

 また、上部成層圏では気温変化を介した光化学反応によるオゾン変動が生じうるが、光化学反応の時定数は高度40km以下では一日よりも十分長い。この高度領域における鉛直波長数km程度の気温変動は主に大気重力波起源と考えられることと、大気重力波の周期は長くても一日以下であることを考えると、観測されたオゾン変動を光化学で説明できるとは考えにくい。

 従って、観測された波状構造は水平移流が主な起源と考えられる。そこで、客観解析データによる渦位との相関を調べたが、明確な相関はみられなかった。原因としては、客観解析データでは表現しきれないほどの小さなスケールであること、上部成層圏における気象データがもともと信頼性が低いこと、などが考えられる。


発表論文
Noguchi, K., T. Imamura, K.-I. Oyama, and G. E. Bodeker, A global statistical study on the origin of small-scale ozone vertical structures in the lower stratosphere, J. Geophys. Res., 111, D23105, doi:10.1029/2006JD007232, 2006.


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