我々は1998年7月に打ち上げられた火星探査機「のぞみ」及び2003年に打ち上げ予定の月探査機「セレーネ」にて電波掩蔽観測を予定しており、現在その準備を進めている。本講演では電波掩蔽観測の概要、及び観測に影響する誤差の要因について述べ、火星夜側電離圏及び月電離圏検出の可能性について議論する。  探査機が地球から見て惑星に隠される前後に、探査機から発信された電波は惑星電離圏を通過する。この電波は惑星電離圏を走査しながら地球に届く。惑星電離圏の屈折率の高度分布に応じて光路長が変化するので、探査機からの電波の周波数も変動する。この変動を実時間で観測する。周波数変動からは、球対称構造を仮定して逆問題を解くことにより、惑星電離圏の屈折率の高度分布を導き出せる。さらに、屈折率分布から、電離圏の電子密度の高度分布が得られる。電波の振幅変動も大気に関する重要な情報を含んでいる。電波掩蔽観測は、下層大気から電離圏までを同時に観測でき、高度分解能が高い、という特色がある。  「のぞみ」の電波科学は本来は高安定発振器(Ultra Stable Oscillator, USO)を用いて、コヒーレントなSバンド(2.3GHz)とXバンド(8.4GHz)のdown linkで行う予定であった。ところが発信器電力供給系にトラブルが生じ、USO及びSバンドは使用できない状態となった。このため、「のぞみ」ではSバンドのup linkとXバンドのdown linkの2-wayにより観測を行う予定である。「セレーネ」では通常通信用の発振器を用いる。  観測時には、通信用の変調を切り、無変調で発信する。プラズマの屈折率は周波数依存性があるが、中性大気の屈折率は周波数依存性が非常に少ない。よって、周波数の異なるコヒーレントな2波を用いれば、プラズマと中性大気の屈折率を別々に求められる。受信には臼田宇宙空間観測所の64mパラボラアンテナを用いる。   本観測において発生する誤差の要因は、いくつかに分けられる。1.探査機搭載の発振器の周波数安定性、2.惑星大気の球対称構造仮定、3.惑星間空間のプラズマ密度の変動、4.地球電離圏の変動、5.受信設備の精度、などである。ここでは、特に地球電離圏の変動に着目する。  地球電離圏の変動を知る方法として、GPSを利用することを計画している。GPS衛星からの電波も地球電離圏の影響を受ける。すでにGPSを利用した電離圏の電子コラム量観測は盛んに行われている。GPS衛星からの電波の変動から探査機方向の電離圏変化を推定することが考えられる。  火星の夜側電離圏の電子密度は大変小さく、ピーク密度は約5x10^3[cm^-3]である。これは、地球電離圏の電子コラム量の変化と同じオーダーであることが観測によりわかっている。つまり、火星夜側電離圏の構造検出のためには、地球電離圏の擾乱による影響の補正が必要である。  月電離圏の観測例は一件あるのみで、しかも理論的に説明できないような高い電子密度が報告されているので、追試が望まれる。観測された電子密度高度分布を仮定してシミュレーションを行った結果、地球電離圏が非常に落ち着いている場合であれば、「セレーネ」による観測が可能であることがわかった。