我々は1998年7月に打ち上げられた火星探査機「のぞみ」にて電波掩蔽実験を予定しており、現在その準備を進めている。本講演では「のぞみ」における電波掩蔽実験の概要、及び実験に影響する誤差の要因について述べる。  探査機が地球から見て惑星に隠される前後に、探査機から発信された電波は惑星大気を通過する。この電波は惑星大気を真横から走査しながら地球に届く。一般に電波の位相は、媒質の屈折率の変化により変動する。電波掩蔽実験では、電離層や中性大気の屈折率の高度分布変化に伴って光路長が変化するので、探査機からの電波の位相も変動する。この変動を実時間で観測する。位相変動からは、球対称構造を仮定して逆変換することにより、惑星大気の屈折率の高度分布を導き出せる。さらに、屈折率分布から、中性大気の分子数密度及び電離圏の電子密度の高度分布が得られる。中性大気の密度分布からは、静水圧平衡を仮定することにより、気圧と気温の高度分布が得られる。電波の振幅変動も大気に関する重要な情報を含んでいる。電波掩蔽実験は、下層大気から電離圏までを同時に観測でき、高度分解能が高い、という特色がある。  過去の研究例として、Mariner4,6,7,9、Mars2,4,5,6、Viking1,2などによる観測がある。特に、Vikingでは、1.極冠上空及びダストストーム時における逆転層の存在、2.気圧の季節変化、3.電離圏電子温度とプラズマスケールハイトへの太陽活動度の影響、などが明らかにされた。  「のぞみ」には高安定発振器(Ultra Stable Oscillator, USO)が搭載されている。USOを用いて、お互いにコヒーレントな2波、Sバンド(2.3GHz)とXバンド(8.4GHz)が発信される。実験時には、通信用の変調を切り、無変調で発信する。プラズマの屈折率には周波数依存性があるが、中性大気の屈折率には周波数依存性がない。よって、周波数の異なるコヒーレントな2波を用いることにより、プラズマと中性大気の屈折率を別々に求められる。受信には臼田宇宙空間観測所の64mパラボラアンテナを用いる。  本実験において発生する誤差は、いくつかの段階に分けられる。1.探査機搭載の発振器の周波数安定性、2.惑星大気の球対称構造仮定、3.惑星間空間のプラズマ密度の変動、4.地球電離層の変動、5.受信設備の精度、などである。ここでは、特に地球電離層の変動に着目する。  火星の夜側電離層の電子密度は大変小さく、ピーク密度は約5x10^3[el/cm^3]である。探査機から地球へ向けて発信された電波が通過する火星電離層の電子コラム量は、約10^16[el/m^2]となる。電離層の厚さを150[km]と仮定すれば、電波が電離層を走査する時間は数分のオーダーとなる。つまり、検出すべき電子コラム量変化は、約10^16[el/m^2/分]となる。これは、地球電離層の電子コラム量の変化と同じオーダーであることが観測によりわかっている。つまり、火星夜側電離層の構造検出のためには、地球電離層の擾乱による影響の補正が必要である。  地球電離層の変動を知る方法として、GPSを利用することを計画している。GPSからの電波も地球電離層の影響を受ける。GPS電波の変動からのぞみ方向の電離層変化を推定することが考えられる。本講演では、GPSを使用することにより、どのくらいまで地球電離層の影響を取り除けるかを検討する。